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No.5
#俺ヒロ
バレンタイン-2年目編-
4
の続き
続きを読む
2月14日。
高校に入学してそろそろ二年が経とうとしている。一年生のころはずっと寝たふりをしていた休み時間も、今では周りと軽い雑談をするようにまで変わっていた。
今日は朝から、心なしか教室全体を甘い香りが包んでいて、ふわふわと浮足立っているような気がする。昔だったらそれが不快で不快で堪らなくて、さっさと逃げ出していた気がするが、今年は不思議とそうでもない。
後ろの席の男子と、チョコ欲しいとか、さっきの授業クソ眠かったとか、とりとめのない話をていたら、近くの女子がこちらに振り返り、話しかけてきた。
「ね。日比生たちもチョコいる?ゆーてチロルだけどw」
「…え、マジか。やった。サンキュ…。」
「あ、あたしもー。ごめん手で取ってw全然無くならないから3個くらい食べてほしい。てか手作り大丈夫?」
差し出された大きめのタッパーには、一口サイズに切られたガトーショコラが、わりと雑に詰め込まれていた。
去年の自分からは考えられない……。クラスの女子の「義理チョコをついでにあげてもいい」リストみたいなヤツに、俺が入っているッ!!!!まあ、今一緒に話している男子の効果がデカいと思うけど。それでも嬉しい。
「いける、ありがと…。…ん、ウメェ。」
「ラッキー!マジうれしい。な、レオも俺も今日はじめてのチョコ!!だろ?」
「それはそう。」
「3倍にして返さねーと?」
「クッキーでも焼くか。」
「ほ~ぉ。レオのクッキーはこのなまらウマいガトーショコラより価値があるって~?」
「ちげーわ。量な。3倍の量。」
「え!日比生ってお菓子作れる系?フツーに楽しみなんだけどww」
いいのでしょうか。俺がこんな会話を楽しんでしまって……。ごめんなさいクソ楽しいです。世界を呪っていたあの頃の俺が、今の俺を見たら、絶対殺しに来るでしょうね。
そんなこんなで俺は「想像上のバレンタイン」みたいな一日を、それなりに過ごしたのである。
―――しかし、だ!
帰宅して、自室の床に大の字になって呆然とする。休み時間にあまりスマホに触らなかったから、おそらく全回復したソシャゲの体力も、消費する気になれないまま。
(ひまりに貰えるとおもったのに……。)
【俺にバレンタインチョコをくれる可能性がある家族以外の人間ランキング 1位】であろう人(ランクインしてるの、一人しかいないけど)から、貰えなかった。
というか、今朝は同じバスで、同じ教室に登校したが、バレンタインのバの字も会話には出なかったし、なんなら、教室についてから、一度も会話をしていなかった。
(……今日はずっと誰かと話してたから、気づかなかった。ひまりと話さない日も、あるんだな、俺。)
帰りも会うことはなかった。俺は掃除当番だったし、ひまりはさっさと部活に行ったのだろう。
ちょっと前の俺だったら。
勝手に期待して、貰えなかったことに拗ねて、「騙された」とか「詐欺だ」とか「好きじゃないのかよ俺のこと」とか、なんかそういう……逆ギレをしていた。
思春期のせいといえばそうなのかもしれない。インターネットに毒されているのもそうだ。とにかく何をされたわけでもないのに、俺はずっと誰かにバカにされているような気がしていて。全部自分が周りをバカにしていただけだったのに。それに気づけたのは最近で、教えてくれたのはひまりで。今日のバレンタインが憎くなかったのも、クラスメイトと雑談ができたのも、全部全部、ひまりが俺の目をまっすぐ見つめて、話してくれたから。もっと、人と関わってもいいのかもって、思わせてくれたから。
(欲しいって、言えばよかったんじゃね。)
だから、だから、もっと素直になっても、絶対バカになんかしてこないって、もうわかっている。俺はひまりのことが好きなんだ。ひまりが俺のことを好きじゃなくたって別にいい。いや、よくはないけど。……まあとにかく、俺が、今日の、バレンタインっていう日に、ひまりからチョコレートをもらいたかったって、伝えても、きっと大丈夫……、大丈夫。だと思いたい。
昨夜ひまりから来た「おやすみ」のスタンプで止まっているライン。入力欄に何度も文字を打っては消して、打っては消してを繰り返す。そうしていると、画面が切り替わって突然音楽が流れる。ひまりから、電話がかかってきたことを認識するのに、若干のラグがあった。びっくりした。嘘。なんだろ。え?マジか。ああ、えっと。あぁああ!?
「ッ、…ンッ、もしもし?」
「あ、礼央くんっ、あの……」
「何?どした」
「今、部活終わって、バス待ってて…、それで。」
「うん」
「えと、……バス停に、迎えに、きてほしい、…です。一応あと30分くらいで着く、から……。あー、えっと、ごめん、いきなりだよね、えーとね……。」
「そんなことかよ。わかった。」
「え」
「待ってるから。寝過ごすなよ?」
「う、うん!あっバス来た。じゃあねっ」
ドクンと心臓が脈を打つのをハッキリと感じる。通話の切れたスマホを、しばらく耳から離せない。
"そんなことかよ"なんてカッコつけたけど、実際は、何で?なんで?なんで!?って聞きたかった。でも理由なんて聞くのはどう考えても野暮だろ!
"絶対騙されてる"、"何かのドッキリ"、"行ったら陰で笑われる"……前の俺ならこういう思考回路になっていて。でもよく考えたら俺って、別に人生で一度も、そんな目にあってないのにな。俺は自ら不幸になろうと、そうやって生きて……自分がカワイソウであることで、自分を守っていたような。
コンビニに行ってくるとかなんとか言って、家を出る。すっかり体温が上がっているような感覚があって、自分が手袋を忘れたことに気づいたのは、停留所についてからだった。コートのポケットに手を突っ込んで、バスが来るのを待っていると、ほどなくして来た。そして降りてくるのは見慣れた顔が一人だけ。
「ッス……、おつかれ」
「礼央くんっ!」
「っ、どーした、慌てて。転ぶぞ」
ポケットから手を出して、ひまりの方に腕を伸ばす。転んでも支えられるように……、そのつもりだったが、ひまりは俺の両手を掴んで、ぶんぶんと振る。
「ほんとに来てくれた、へへ」
俺は、俺以外の人間が、キラキラしていてウザかった。部活をやっていたころはあまりそんなことは思ってなかったけど、高校に入ったら悪化した。みんなお互いを信用してて、他人からどう思われようとも気にしてないんだろうとか、なんか…まあ、そういう風に思っていた。でも、今思うのは…、むしろ、周りのことを考えるから、人間関係はうまくいくだろうし、俺なんかより、よっぽど、人の目を気にしているからこそ、キラキラしている。自分が言ったことに、相手がどう思うのか。そういうことを考えられるのが…。全員がそうだとか、そういう話じゃないけど。そういう深い話では、全然ないんだけれど。俺は、ひまりがキラキラして見える。ひまりも、俺が来なかったらどうしようって、不安に思ってくれたのか。来なかったら、嫌だなって。
「来るだろ、そりゃ。当たり前だろ。」
「そっか、…うん。ありがとう。」
「あ、当たり前って、あれだぞ。その。」
「う、うん!!わ、わかってるよ!そんなの?呼ばれたんだから…」
「わかってない、ちがくて……、お前だから」
「え……」
「ひまりだから来たんだ」
しん……と周りが静まったような気がした。
ひまりはその真ん丸い目をもっと丸くして、俺の目を見つめている。
彼女が何かを言う前に、俺が耐えられなくなって、「えーと。」と声を上げる。
「……、公園でも行く、か?」
「あっ、うん、そうだね……。」
手を離して、「お前、毎日荷物多すぎだろ」と、手提げカバンを奪って、隣に並んで歩く。
近所にある公園は、まったく除雪がされてなくて、中まで入ることができなかったから、入口あたりでたむろする形になった。
「で、何。」
「えっと……、その、かばんの中、見てっ!」
「え……、あ。」
リュックに入りきらなかった参考書に紛れて、明らかに、プレゼントしますって感じの箱が入っていた。
そっとそれを取り出してみると、表面には「礼央くんへ」と宛名が書かれたカードが貼られていた。
「俺のだ。」
「そうだよ!」
「やった~。」
「やったー!?あはっ!」
「なんだよ。」
「だって、普段、そんなこと言わないから。」
「そーだっけ。」
「そーだよ!」
「俺に詳しいですね。」
「……まあね!」
「開けて良い?開ける。…あ、マフィンだ。うまそ。」
「今年は、作りました…。」
さっきまで緊張で引きつっていたひまりの表情が、だんだんといつもどおりになっていく。
赤くなった頬は、寒さか、それともそれ以外か。もらったプレゼントは一度手提げカバンにしまわせてもらって、そのまま自分の腕にひっかける。頬の温度を確かめるように、俺はひまりの頬を両手で包んだ。
「ちゅめた!」
「あ、悪い……」
「いいよ、そのままで。あっためてあげる」
ひまりはその両手を、俺の手に重ねる。去年と同じ手袋で、変わらず指先を余らせている、小さくて、……愛おしい手だった。
「ありがとう。」
「どういたしまして」
「手じゃなくて。手もだけど。……バレンタイン、だよな。」
「……うん。」
「ひまりにもらえないから、よこせって、ダダこねようかと思ってた。」
「そ、そうなの!?」
「そうなの。」
「うち、ほんとは……、学校であげようと思ったんだけどね」
「うん」
「礼央くん、休み時間、ずっとチョコもらってたし……」
「義理の義理の義理の義理くらいのやつな?」
「それでも……」
「ふーん。それで、拗ねたんだ。」
「ちが……、ちがくないね。うん。拗ねた……。」
「……そ、すか……。」
揶揄うつもりで言ったことが、素直に肯定される、カウンター攻撃。ひまりと一緒にいれば、珍しいことではなかったが、それでも毎回、まともにくらってしまう。今までも何度もこういう……恋愛イベントみたいなことがいっぱいあって。きっとひまりも俺も、そのフラグが回収しきれないことに、心地よさを感じているんだと思う。でも、俺はもう限界だった。ひまりと俺が関わるようになったきっかけも、去年のバレンタインだった。そんなあまりにも出来すぎた舞台も手伝って、もう、今日、今、この瞬間、もうダメだって思った。俺は今、目の前にいる大好きな女の子を、抱きしめて、キスをして、大好きだっていっぱい伝えたい。
「あー、好きだ。」
「え、あ…」
「真面目に。彼氏にしてくれ。」
「ッ!!!うちも、礼央くんのこと、好き!!大好き!!真面目なのっ!!彼女にして!!」
「どーしたんだよ、急に、……ははっ……はーあ。力抜ける……。」
ひまりの頬から手を離して、そのまま片手をつなぐ。
「今日はもー、帰るか。寒い。」
「う、うん!」
「……あー、その、さ。」
「んっ?」
「不束者ですが…、よろしくお願いします」
「……こちらこそ、お願いします。」
俺は愛しさを噛みしめるように、繋いだ手に力を込めた。
了
2023-2-16
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2023/12/14(Thu) 20:49
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2月14日。
高校に入学してそろそろ二年が経とうとしている。一年生のころはずっと寝たふりをしていた休み時間も、今では周りと軽い雑談をするようにまで変わっていた。
今日は朝から、心なしか教室全体を甘い香りが包んでいて、ふわふわと浮足立っているような気がする。昔だったらそれが不快で不快で堪らなくて、さっさと逃げ出していた気がするが、今年は不思議とそうでもない。
後ろの席の男子と、チョコ欲しいとか、さっきの授業クソ眠かったとか、とりとめのない話をていたら、近くの女子がこちらに振り返り、話しかけてきた。
「ね。日比生たちもチョコいる?ゆーてチロルだけどw」
「…え、マジか。やった。サンキュ…。」
「あ、あたしもー。ごめん手で取ってw全然無くならないから3個くらい食べてほしい。てか手作り大丈夫?」
差し出された大きめのタッパーには、一口サイズに切られたガトーショコラが、わりと雑に詰め込まれていた。
去年の自分からは考えられない……。クラスの女子の「義理チョコをついでにあげてもいい」リストみたいなヤツに、俺が入っているッ!!!!まあ、今一緒に話している男子の効果がデカいと思うけど。それでも嬉しい。
「いける、ありがと…。…ん、ウメェ。」
「ラッキー!マジうれしい。な、レオも俺も今日はじめてのチョコ!!だろ?」
「それはそう。」
「3倍にして返さねーと?」
「クッキーでも焼くか。」
「ほ~ぉ。レオのクッキーはこのなまらウマいガトーショコラより価値があるって~?」
「ちげーわ。量な。3倍の量。」
「え!日比生ってお菓子作れる系?フツーに楽しみなんだけどww」
いいのでしょうか。俺がこんな会話を楽しんでしまって……。ごめんなさいクソ楽しいです。世界を呪っていたあの頃の俺が、今の俺を見たら、絶対殺しに来るでしょうね。
そんなこんなで俺は「想像上のバレンタイン」みたいな一日を、それなりに過ごしたのである。
―――しかし、だ!
帰宅して、自室の床に大の字になって呆然とする。休み時間にあまりスマホに触らなかったから、おそらく全回復したソシャゲの体力も、消費する気になれないまま。
(ひまりに貰えるとおもったのに……。)
【俺にバレンタインチョコをくれる可能性がある家族以外の人間ランキング 1位】であろう人(ランクインしてるの、一人しかいないけど)から、貰えなかった。
というか、今朝は同じバスで、同じ教室に登校したが、バレンタインのバの字も会話には出なかったし、なんなら、教室についてから、一度も会話をしていなかった。
(……今日はずっと誰かと話してたから、気づかなかった。ひまりと話さない日も、あるんだな、俺。)
帰りも会うことはなかった。俺は掃除当番だったし、ひまりはさっさと部活に行ったのだろう。
ちょっと前の俺だったら。
勝手に期待して、貰えなかったことに拗ねて、「騙された」とか「詐欺だ」とか「好きじゃないのかよ俺のこと」とか、なんかそういう……逆ギレをしていた。
思春期のせいといえばそうなのかもしれない。インターネットに毒されているのもそうだ。とにかく何をされたわけでもないのに、俺はずっと誰かにバカにされているような気がしていて。全部自分が周りをバカにしていただけだったのに。それに気づけたのは最近で、教えてくれたのはひまりで。今日のバレンタインが憎くなかったのも、クラスメイトと雑談ができたのも、全部全部、ひまりが俺の目をまっすぐ見つめて、話してくれたから。もっと、人と関わってもいいのかもって、思わせてくれたから。
(欲しいって、言えばよかったんじゃね。)
だから、だから、もっと素直になっても、絶対バカになんかしてこないって、もうわかっている。俺はひまりのことが好きなんだ。ひまりが俺のことを好きじゃなくたって別にいい。いや、よくはないけど。……まあとにかく、俺が、今日の、バレンタインっていう日に、ひまりからチョコレートをもらいたかったって、伝えても、きっと大丈夫……、大丈夫。だと思いたい。
昨夜ひまりから来た「おやすみ」のスタンプで止まっているライン。入力欄に何度も文字を打っては消して、打っては消してを繰り返す。そうしていると、画面が切り替わって突然音楽が流れる。ひまりから、電話がかかってきたことを認識するのに、若干のラグがあった。びっくりした。嘘。なんだろ。え?マジか。ああ、えっと。あぁああ!?
「ッ、…ンッ、もしもし?」
「あ、礼央くんっ、あの……」
「何?どした」
「今、部活終わって、バス待ってて…、それで。」
「うん」
「えと、……バス停に、迎えに、きてほしい、…です。一応あと30分くらいで着く、から……。あー、えっと、ごめん、いきなりだよね、えーとね……。」
「そんなことかよ。わかった。」
「え」
「待ってるから。寝過ごすなよ?」
「う、うん!あっバス来た。じゃあねっ」
ドクンと心臓が脈を打つのをハッキリと感じる。通話の切れたスマホを、しばらく耳から離せない。
"そんなことかよ"なんてカッコつけたけど、実際は、何で?なんで?なんで!?って聞きたかった。でも理由なんて聞くのはどう考えても野暮だろ!
"絶対騙されてる"、"何かのドッキリ"、"行ったら陰で笑われる"……前の俺ならこういう思考回路になっていて。でもよく考えたら俺って、別に人生で一度も、そんな目にあってないのにな。俺は自ら不幸になろうと、そうやって生きて……自分がカワイソウであることで、自分を守っていたような。
コンビニに行ってくるとかなんとか言って、家を出る。すっかり体温が上がっているような感覚があって、自分が手袋を忘れたことに気づいたのは、停留所についてからだった。コートのポケットに手を突っ込んで、バスが来るのを待っていると、ほどなくして来た。そして降りてくるのは見慣れた顔が一人だけ。
「ッス……、おつかれ」
「礼央くんっ!」
「っ、どーした、慌てて。転ぶぞ」
ポケットから手を出して、ひまりの方に腕を伸ばす。転んでも支えられるように……、そのつもりだったが、ひまりは俺の両手を掴んで、ぶんぶんと振る。
「ほんとに来てくれた、へへ」
俺は、俺以外の人間が、キラキラしていてウザかった。部活をやっていたころはあまりそんなことは思ってなかったけど、高校に入ったら悪化した。みんなお互いを信用してて、他人からどう思われようとも気にしてないんだろうとか、なんか…まあ、そういう風に思っていた。でも、今思うのは…、むしろ、周りのことを考えるから、人間関係はうまくいくだろうし、俺なんかより、よっぽど、人の目を気にしているからこそ、キラキラしている。自分が言ったことに、相手がどう思うのか。そういうことを考えられるのが…。全員がそうだとか、そういう話じゃないけど。そういう深い話では、全然ないんだけれど。俺は、ひまりがキラキラして見える。ひまりも、俺が来なかったらどうしようって、不安に思ってくれたのか。来なかったら、嫌だなって。
「来るだろ、そりゃ。当たり前だろ。」
「そっか、…うん。ありがとう。」
「あ、当たり前って、あれだぞ。その。」
「う、うん!!わ、わかってるよ!そんなの?呼ばれたんだから…」
「わかってない、ちがくて……、お前だから」
「え……」
「ひまりだから来たんだ」
しん……と周りが静まったような気がした。
ひまりはその真ん丸い目をもっと丸くして、俺の目を見つめている。
彼女が何かを言う前に、俺が耐えられなくなって、「えーと。」と声を上げる。
「……、公園でも行く、か?」
「あっ、うん、そうだね……。」
手を離して、「お前、毎日荷物多すぎだろ」と、手提げカバンを奪って、隣に並んで歩く。
近所にある公園は、まったく除雪がされてなくて、中まで入ることができなかったから、入口あたりでたむろする形になった。
「で、何。」
「えっと……、その、かばんの中、見てっ!」
「え……、あ。」
リュックに入りきらなかった参考書に紛れて、明らかに、プレゼントしますって感じの箱が入っていた。
そっとそれを取り出してみると、表面には「礼央くんへ」と宛名が書かれたカードが貼られていた。
「俺のだ。」
「そうだよ!」
「やった~。」
「やったー!?あはっ!」
「なんだよ。」
「だって、普段、そんなこと言わないから。」
「そーだっけ。」
「そーだよ!」
「俺に詳しいですね。」
「……まあね!」
「開けて良い?開ける。…あ、マフィンだ。うまそ。」
「今年は、作りました…。」
さっきまで緊張で引きつっていたひまりの表情が、だんだんといつもどおりになっていく。
赤くなった頬は、寒さか、それともそれ以外か。もらったプレゼントは一度手提げカバンにしまわせてもらって、そのまま自分の腕にひっかける。頬の温度を確かめるように、俺はひまりの頬を両手で包んだ。
「ちゅめた!」
「あ、悪い……」
「いいよ、そのままで。あっためてあげる」
ひまりはその両手を、俺の手に重ねる。去年と同じ手袋で、変わらず指先を余らせている、小さくて、……愛おしい手だった。
「ありがとう。」
「どういたしまして」
「手じゃなくて。手もだけど。……バレンタイン、だよな。」
「……うん。」
「ひまりにもらえないから、よこせって、ダダこねようかと思ってた。」
「そ、そうなの!?」
「そうなの。」
「うち、ほんとは……、学校であげようと思ったんだけどね」
「うん」
「礼央くん、休み時間、ずっとチョコもらってたし……」
「義理の義理の義理の義理くらいのやつな?」
「それでも……」
「ふーん。それで、拗ねたんだ。」
「ちが……、ちがくないね。うん。拗ねた……。」
「……そ、すか……。」
揶揄うつもりで言ったことが、素直に肯定される、カウンター攻撃。ひまりと一緒にいれば、珍しいことではなかったが、それでも毎回、まともにくらってしまう。今までも何度もこういう……恋愛イベントみたいなことがいっぱいあって。きっとひまりも俺も、そのフラグが回収しきれないことに、心地よさを感じているんだと思う。でも、俺はもう限界だった。ひまりと俺が関わるようになったきっかけも、去年のバレンタインだった。そんなあまりにも出来すぎた舞台も手伝って、もう、今日、今、この瞬間、もうダメだって思った。俺は今、目の前にいる大好きな女の子を、抱きしめて、キスをして、大好きだっていっぱい伝えたい。
「あー、好きだ。」
「え、あ…」
「真面目に。彼氏にしてくれ。」
「ッ!!!うちも、礼央くんのこと、好き!!大好き!!真面目なのっ!!彼女にして!!」
「どーしたんだよ、急に、……ははっ……はーあ。力抜ける……。」
ひまりの頬から手を離して、そのまま片手をつなぐ。
「今日はもー、帰るか。寒い。」
「う、うん!」
「……あー、その、さ。」
「んっ?」
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俺は愛しさを噛みしめるように、繋いだ手に力を込めた。
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